“こもれび秋祭り”報告・駒沢の人気店も出張オープン! 子どもから大人までが大勢集まり、秋の1日を満喫しました!
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古くから日本人の健康を支えてきたのは、顔が曲がるほど酸っぱくてしょっぱい梅干し。これは梅に含まれるクエン酸と塩分が高いからです。特にクエン酸は梅の命であり含有量が多いほど、健康効果が期待できます。幻と呼ばれる杉田梅のクエン酸量は梅の中ではトップクラス。それは品種改良を一切行っていない、野梅系の梅だけが持つ力。
約半世紀前、杉田梅に出会い、その力に魅せられた乗松祥子さん。人生の伴侶とも言える杉田梅について、お話しを伺いました。
乗松さんは、駒沢からほど近い上野毛で杉田梅専門店「延楽梅花堂」を営んでいます。取材に訪れたのは梅の収穫が始まった頃。玄関を開けた瞬間から、今朝梅林から届いた梅の爽やかな香りに包まれ、なんともしあわせな気分に。
「ようこそ、いらっしゃいました」と出迎えてくれた乗松祥子さん。83歳とは思えない声のハリ、そしてお肌もピカピカ。まさに、梅のおかげなのは言わずもがな。
1985年頃、私は鎌倉で和食店の責任者として働きながら、梅仕事に励んでいました。小田原農協と直接取引を始めて2、3年たった頃、梅の段ボールの中に、ひときわ大きくて立派な梅が入っていたんです。手にとるとずっしりと重く、まさに横綱級の大きさ。すぐに農協に連絡し、これが幻の杉田梅であることを初めて知りました。梅干しにすると果肉が柔らかく、塩の入りも発色もいい。何より梅の命であるクエン酸が豊富で酸っぱい。「今までの梅は一体なんだったんだろう?」と思うほどショックを受け、私はすっかり杉田という品種にひと目ぼれしてしまったんです。
わかりやすいのは酸味の強さです。杉田梅は千葉県茂原地方に由来し、僧によって現在の神奈川県横浜市磯子区の杉田地区にもたらされたといわれています。品種改良を、一切されていない野梅系の貴重な梅です。実が大きく、クエン酸の含有量が多く、繰り返しになりますが、かなり酸っぱい。でも、だからこそ健康効果が高く、食の万能薬としての力を発揮してくれます。
酸味の強さと一度では食べきれない大きさ、皮が薄く敗れやすいことから商売品としては扱いにくいため、一度は市場から消えかかったためです。同じ頃、多くの農家が確実に売れてどんどん実をつける品種改良の梅を育てるようになり、杉田梅の木を伐採し始めたからです。もともと希少で生産量が少なかったことも“幻“と呼ばれる理由のひとつです。
今すぐ自分ができることを考え、植林活動をしました。当時、代官山で和食料理店を営んでおりました。全国からお客様がいらしていたので、杉田梅に興味を持ってくださる方に苗木を分け、育てていただくお願いをしました。そうすれば杉田梅の木は全国に残り、命を繋ぐことができると思ったんです。お世話になっている神奈川県小田原市の曽我別所梅林の方々には「杉田の実はすべて引き取りますから、育て続けてください」とお願いして歩きました。みなさまのおかげで、杉田梅の命を繋ぐことができました。
梅の命はクエン酸です。私の知る限り、梅本来の力を持つ杉田梅は秀逸の中の秀逸です。このままでは品種改良の梅におされ、日本を代表する本物の梅がなくなってしまう。そんな大きな危機感を持ちました。
いつか梅が抹茶やだしのように世界で注目される食材になったときに、日本には杉田梅という野梅系の梅があります、と胸を張って誇れる梅を残しておきたかったんです。
20代の頃「辻留」という懐石料理店に勤めていました。店舗を移転するときに、床下から100余年前の梅干しが出てきたんです。壺の蓋を開けてみると、ミイラのように干からびた梅干しが入っていたんです。料理長に梅酢に漬けたら蘇るよ、と言われ、迷いながら持ち帰りました。そのときは梅干しより、壺にかけられていた日露戦争のことが書かれた古新聞に興味があったんです。ある日、がんを患っている親戚の痛み取りの湿布に古い梅干しを分けてほしい、と友人が訪ねてきたんです。いくつか差し上げると、数日後、痛みが大変和らいだという朗報とともに梅酢をくださったんです。
その梅酢を料理長の言葉通り、古い梅干しが入った壺に注いでおきました。数年後、壺をのぞいたら、カチカチだった梅干しがふっくらと蘇っていたんです。恐る恐る食べてみると、酸味も塩味もしっかり残っている。100年経っても食べられる、梅という食材の生命力の強さに言いようもない衝撃を受けました。
そして、このとき「よし!私も100年後に人の身体に役立ち、次世代に食べ継がれる梅干しを作ってみよう」と心に決めました。それに、自分がいなくなったあとも生き続ける梅干しにはロマンがあると思いませんか(笑)。
基本的に酸っぱい食べ物は苦手だったんです。梅干しは作るのが面白くて続けていました。毎年作るようになったのは、休暇が欲しかったからという、まことに不純な動機でした。
当時「辻留」では、ほとんど休みがとれず梅干し作りを口実にすれば、少しは休みをいただけるかな、と思ったんです。というのも店主の辻嘉一さんは梅干し好きで、よくお豆腐に梅干しを添えて召し上がっているところを目にしていたからです。あっさりとお許しをいただき、毎年、土用干しの2〜3日ほどが、私の梅干し休暇となりました。
20年ほど前に体調を崩し、入院してから梅干しを食べるようになりました。おかゆに入れてみたらおいしくて。それに、梅干しを食べると、不思議に気分も身体もシャキッとして元気になるんです。これもクエン酸の力なんですね。
災害時に命を守り、常温で100年先まで生き続ける梅干しを作ること。減塩がよしとされている時代ですが、私がこだわり続けているのは塩分18%以上の梅干しです。その理由は常温で何十年も保存が効き、添加物や冷蔵庫に頼る必要がないからです。災害時は電気も切れます。昔ながらの酸っぱくてしょっぱい梅干しは抗菌作用のある唾液を促し、口内細菌を抑え、消化機能を整える働きがあります。特に災害時は梅干しのこうした働きが、人の命を支えてくれます。コロナのようなウィルスや災害が増えていくこれからの時代に欠かせない、食のお守りになってくれます。
昔から「梅はその日の難逃れ」、「三毒(水毒、食毒、血毒)を断つ」、と言われています。外出時や旅先に薬代わりに携帯しておくと、疲労回復や飲み過ぎ、食べ過ぎに役立ってくれます。
梅仕事をしているとハッとするような場面がいくつかあります。中でも、紫蘇に梅酢を加えた瞬間、鮮やかな赤紫色に変化するさまは、まことにドラマティック。何度見ても、いくつになっても感動を覚えます。
50年以上、毎年梅を漬けておりますが、これで十分、と満足する年は一度もありません。それは、気象条件によって変わる梅や紫蘇、漬ける私の体力や精神力、すべてがその年によって異なるからです。挑戦したいこと、梅への興味も尽きません。生き続ける梅が私の元気の根源でもあります。
梅仕事は自然を学ぶこと。昔ながらの梅干し作りは、自然や地球環境の変化、四季の移り変わりを肌で感じて学べる勉強以外の何ものでもないと思っています。たとえば、梅は表面にたくさんの生毛があります。水に入れると水泡の膜ができて、美しい銀の玉のようになるのですが、排気ガスなどの脂性の汚れがつくとこの水泡ができなくなります。こうした大気汚染の深刻さは、40年近く前から梅を通じて感じていました。梅仕事は尊い気づきを与えてくれます。
梅職人の乗松さんは、普段の生活でどんなふうに梅を取り入れているのでしょう。さまざまな使い方を教えていただきました。
手放せないのは、50年間毎日飲み続けている梅肉エキスです。5日間、青梅を煮詰めて作る梅肉エキスは1kgの梅からわずか8gしかとれない、希少なエキスです。精神を集中する梅肉エキス作りは、私にとってメディテーションのようなもの。仕上がる直前に水蒸気が上がり、その後、サーっと後光が差すように煙が上がるんです。この煙が全身を浄化し、細胞を活性化するのかも知れません。梅肉エキスを作るたびに元気になっていく気がします(笑)。
展示販売などで人前に立つことも多いのですが、コロナやインフルエンザを免れているのもこの梅肉エキスのおかげだと思っています。
乗松 梅酢は梅を塩漬けにしたときに梅から出てくる液体のことです。最初に上がってくるのが白梅酢で、白梅酢に紫蘇を漬け込んだものが赤梅酢です。どちらもポリフェノールやクエン酸などの有機酸が豊富で、抗菌作用は梅干しより強いと言われています。私がよく使うのが赤梅酢です。元気の秘密は栄養豊富な梅酢を、お塩代わりに毎日使っているからかも知れません。この天然の万能調味料は一度使ったら手放せなくなりますよ。
【乗松さんに学ぶ梅酢の使い方】
・肉や魚の下ごしらえに スプレー容器に入れた梅酢を食材にふりかけ、10〜30分ほど置いてから調理します。臭みが取れ、素材のうまみを引き出し、ジューシーに仕上がります。魚の一夜干しなどにもおいしくなります。
・天然の防腐剤として 煮物やピクルスの漬け汁、カレーなどに、塩の代わりや隠し味程度に使います。持ちがよくなり、素材の味も引き立ちます。
・根菜類の時短調理に 里芋やごぼうは風味が増し、短時間で味が入り、柔らかく煮上がります。
・ご飯の旨味と持ちをアップ 炊飯時に米1合に対し、赤梅酢をシュガースプーン1を杯加えて混ぜます。炊き上がりはふっくら、つややか。甘味も出て、塩味や色は残りません。腐りにくく、梅酢をおにぎりの手塩にすれば一石二鳥です。
・発色効果 なすやにんじん、えびや銀杏、食用菊などに梅酢を使うと、クエン酸やアントシアニンの働きで色鮮やかに発色。料理が華やかになります。
・野菜をシャキッと元気に 梅酢には食材の細胞を刺激する働きがあります。梅酢の漬け汁で作るピクルスは野菜がシャキッとし、歯応えも発色も格別です。萎びてしまった野菜も、梅酢を入れた水に漬けておくと元気になります。
・熱中症予防ドリンクに 梅酢に含まれる塩分、クエン酸、リンゴ酸は熱中症予防や疲労回復に効果的です。水500mlに梅酢小さじ1と好みではちみつなどを加えれば、おいしい夏バテ予防ドリンクに。スポーツドリンクにもおすすめです。
・風邪や口臭予防に 梅酢を水やお湯で薄め、外出後のうがいや歯磨き後の虫歯、歯周病、口臭予防に。
乗松 手軽にできる梅養生食は、冷奴の梅干し添え、小さくちぎった梅をご飯に混ぜた梅むすび。そうめんのつゆにちぎった梅を入れる梅そうめんなど。どれも梅の酸味が食欲を刺激してくれます。
梅粥は身体を芯から温め、胃腸の調子を整えたいときに。お米から炊いたお粥に赤梅酢を入れ、最後に本葛を引いて仕上げます。簡単なのは番茶を注ぐだけの梅干し番茶。昔から、風邪予防や整腸、冷えとりなどに効果があると言われています。
梅仕事が忙しい夏は、冷蔵庫の中の常備菜に助けられています。トマトや茄子を毎日食べたくなるのは、夏野菜には身体を冷やす働きがあるから自然と欲するのでしょうね。私の長年の定番は、夏野菜を使ったピクルスと、トマトのマリネサラダ茄子の鮮やか炒めとチキンソテーです。ここではこの3品のレシピを紹介します。どれも梅干しや梅酢を使って手軽にできるものばかり。食欲が減退しがちな夏こそ、梅のすっきりとした酸味をお役立てください。
茄子の鮮やか炒めとチキンソテー(右上)
良質なタンパク質が含まれる鶏肉は多めの油で炒め焼きすると、少量でもお腹の持ちが断然よくなります。生姜と茗荷を添えてさっぱりといただきます。
材料(作りやすい分量)茄子4本、赤または白梅酢大さじ4、粗挽き黒胡椒大さじ1、オリーブオイル(茄子用)大さじ3、鶏もも肉300g、赤または白梅酢(鶏肉用)適量、A[小麦粉、葛粉、卵、各適量]、オリーブオイル大さじ3(チキン用)、以下あれば、穂ジソ、生姜、茗荷各適量
作り方
① 茄子へたを切り落とし、縦半分に切る。皮目に切り込みを入れ、食べやすい大きさに切る。
② ボウルに梅酢と粗挽き黒胡椒を入れ、茄子を加えよく馴染ませる。そのまま20〜30分おく。
③ フライパンにオリーブオイルを入れ、茄子を軽く絞って加え、中火でやわらかくなるまで炒める。
④ 鶏肉は2枚におろし、両面に梅酢をふる。皿を斜めにして30〜40分おき、出てきた水分をキッチンペーパーで拭き、食べやすい大きさに切る。
② Aを混ぜ衣を作り、鶏肉にまぶす。
③ フライパンにオリーブオイルを入れ、鶏肉を強めの中火で蓋をして焼く。こんがりときつね色になったら裏返し同様に。
手軽にできるトマトのマリネサラダ(左上)
30年間作り続けているのが、トマトのマリネサラダ。和食出身の私にとって、料理にオリーブオイルを使うことは大革命でした。梅酢を加えると昔のトマトのような濃厚な味わいに蘇ります。梅酢に含まれるアントシアニンとトマトのリコピンの抗酸化作用で、紫外線が気になる季節にいいようです。
材料(作りやすい分量)トマト2個、プチトマト150g、赤玉ねぎ2個、A[オリーブオイル150ml、赤または白梅酢70〜100 ml、濃口醤油大さじ1、塩・粗挽き黒胡椒、各少々]、イタリアンパセリ、バジル適量
作り方
① トマトは湯むきして厚さ1㎝に切る。プチトマトも湯むきする。赤玉ねぎは薄切りにする。
② Aにトマトを切ったときの汁を加えて混ぜ、漬け汁を作る。
③ 容器にトマト、プチトマト、赤玉ねぎ、漬け汁を入れて冷蔵庫で2〜3時間冷やす。
④ 器に盛り、イタリアンパセリとバジルを散らす。
さっぱりピクルス(下中央)
ピクルスは幼い頃、母と一緒に作りながら覚えた故郷の味です。母はらっきょうの酢漬けと同じ感覚で作っていたようですが、今思えば、かなりモダンな料理ですよね。
材料(好みの量)セロリ、にんじん、きゅうり、茗荷、各適量、A[水4:白または赤梅酢2:純米酢2:みりん2の割合で描く適量]
作り方
① 野菜は食べやすい大きさに切る。
② 水8:白または赤梅酢2(ともに分量外)の割合の下茹で用の梅酢液を鍋に入れ沸騰させる。
③ 火が通りにくい野菜から、さっと潜らせ、粗熱をとり清潔な瓶に入れる。
④ Aを混ぜ、野菜がかぶるくらいの漬け汁を作る。ひと煮立ちさせ粗熱がとれたら③の瓶に注ぎ、冷蔵庫で2日おく。
⑤ 2日後に漬け汁だけを鍋に入れ2〜3分沸騰させ、アクをとる。味見をして薄い場合はAの調味料を各適量、鍋いに加えて煮る。粗熱がとれたら漬け汁を瓶に戻す。その日から食べられる。
1940(昭和15)年愛媛県生まれ。茶懐石料理店「辻留」銀座店に20余年勤務したのち、鎌倉・小町通りの日本料理店「味路喜」の責任者を務める。その後、50歳で代官山ヒルサイドテラスに日本料理店「延楽」を開店。70歳から杉田梅専門店「延楽梅花堂」を経営。50年以上に渡って梅仕事を続けている。杉田梅を未来につなげるために、「杉田梅を守り育てる会」の主幹を務め、自身でも梅の木の保全や植樹を行っている。昨年5月に5年の歳月をかけた『梅おばあちゃんの贈りもの』(誠文堂新光社)が上梓。他に『梅暦、梅料理』(文化出版局)、『宿福の梅ばなし』(草思社)、『百年の梅仕事』(筑摩書房)。
「延楽梅花堂」の梅製品はここで買えます!
・延楽梅花堂(上野毛)https://www.engakubaikado.jp
・gallery aqui(駒沢公園5丁目23番地口前)instagram@gallery_aqui ※営業はストーリーズなどでご確認ください。
photographer:Teruaki Kawakami,Tadashi Moriizumi
Text:Keiko Takahashi