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駒沢に日本初の地理系ブックカフェが誕生!? 地図好きのツウの人たちが足繁く通うカフェ「空想地図」の七不思議に迫ってみた。

お話しを聞いた人・田中利直さん

地理系ブックカフェ空想地図 店主

子どもの頃から地図に興味を持ち、空想地図を描きはじめる。学生時代は誰にも知られず空想地図作りに励むも、大学卒業後はファミレスチェーンに就職。コロナをきっかけに2022年9月に地理系ブックカフェ空想地図をオープン。

web: https://chirikeibookcafe-kuusouchizu.owst.jp/

みなさん、空想地図をご存知でしょうか? その名の通り、現実にはない架空の都市を地図に描いたものです。とはいえ、土地の成り立ちや人々の暮らしを想像しながら描くため、一見実在の都市だとみまがうほどリアルな地図なのです。なかには「空想地図作家」と呼ばれる人もいるくらい、空想地図は奥が深い世界。

そんな「空想地図」を店の名前に冠した地理系ブックカフェが、実は駒沢にあるのです! なぜ駒沢に、こんなマニアックなカフェが誕生したのか!? 地図好きの少年時代から人知れず空想地図を描き続け、ついにはカフェまでオープンした店主の田中さんの地図愛遍歴とともに、カフェの謎を七不思議にたとえて紐解いていきます。

七不思議①
なぜこんなに地図にハマったの?

店内に足を踏み入れると、壁一面が本に覆われています。そのほとんどが「地図」に関わる本たち。実際の地図もあれば、地図にまつわる小説や実用書もあります。

この本棚からわかるように、店主の田中さんは地図に魅了された人物です。しかも3歳の頃から地図が好きだったという筋金入り。

「両親がドライブ好きで、道路地図が身近にあったので地図に興味が湧いたんだと思います。母親にせがんで買ってもらった日本地図のパズルが、地図にハマる最初のきっかけになりました」

地方ごとに別れた日本地図のパズル。子どもの頃と同じ商品をオークションで落札した。

幼稚園に入る頃にはお絵描き帳に、住んでいた静岡の街の地図やドライブにいったときの道のりを描きはじめたそうです。

「小学校に入ると学区の地図を絵日記に描いていて、すると当時の小学校の担任が『田中くんは地図が好きなんだね』と、みんなの前で発表する機会をくれました」

地図愛は衰えることなく、4年生からついに空想地図を描きはじめた田中さん。家が転勤族だったこともあり、引っ越すたびに手に入れた都市地図を眺めては、地図のパターンを学んでいったと言います。

七不思議②
ただの地図好きだった少年が、なぜカフェをオープン!?

中学生になる頃には大きな模造紙(1091mm×788mm)に空想地図を描き始め、大学生になるまでコツコツと大作を描き続けました。しかし両親や先生、さらには友達にも自分の趣味を話すことはなかったと言います。

「ここ10年ぐらいは空想地図も『タモリ倶楽部』や『マツコの知らない世界』に取り上げられるほどの知名度になりましたが、僕らが若い時代はSNSもなかったですし発信する場所がありませんでした。どちらかというと陰な趣味なので、話すと『ヤバいやつ』だと思われる怖さがあったのかもしれません」

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店内には旅好きで有名なやくみつるさんのサインが飾られている。

しかし2017年に転機が訪れます。当時ファミレスの正社員だった田中さんは、出張で静岡に行った際に実家に寄り、大学生まで描いていた空想地図を名古屋の家に持ち帰ったそうです。初めて家族にお披露目した空想地図が、田中さんを新たな世界へと連れていってくれることに。

「空想地図を見た家族は『なんじゃこりゃ!』という反応で、娘がTwitter(現X)にツイートしたんです。するとまあバズりまして、テレビ番組の『アンビリバボー』で取り上げられたんですね。それをきっかけに地図の出版社や、地図好きの人々と繋がることができました」

そんな出来事があり、田中さんの頭の中に漠然と地図のカフェの構想が生まれました。そしてコロナ禍となった2021年。飲食業界も大打撃を受け、勤めていたファミレスで希望退職者の募集が始まります。ちょうどお子さんたちが巣立つタイミングとも重なり、カフェオープンへと舵をきることになったそうです。

七不思議③
なぜ駒沢に白矢の羽がたったのか?

地元の静岡でもなく、なぜこれまで縁のなかった東京にお店をオープンしたのでしょうか。

「地図や空想地図に興味を持つニッチなターゲットは東京じゃないと難しいと思ったからです。とりあえず東京に来て物件探しをはじめました」

そして紹介してもらった物件が、たまたま駒沢だったそう。しかし駒沢は、地図にまつわるカフェをオープンするには、うってつけの場所だったのです。

「地図界隈の人たちに『駒沢はどうですかね?』と相談してみると、駒澤大学に地理学科があり、さらに地理学研究会というサークルもあると聞きました。近隣の池尻には日本地図センター『地図の店』があるので、需要があるのかもと駒沢に決めました」

店内には世田谷区にまつわる地図や本がたくさん。

オープンしてみると、カフェの噂を聞きつけた駒澤大学の学生や教授が来店。よく地図を広げて地図談義をしているそうです。他にも修学旅行で東京にきた全国の地理の先生や、東京の地形を探索する「東京スリバチ学会」の方、測量士の方などが日本にひとつしかない地理系ブックカフェ空想地図を訪れるそうです。

七不思議④
空想地図ってどうできあがるの?

いちばん気になるのは、空想地図の制作過程です。

「絵を描くときと同じで、まずは全体の地形から考えていきます。地形の高低差を決めると、川の流れや道が生まれて、宿場町の場所が決まります。そこに人が集まって中心になり、街が発展していく。そういった具合に少しずつ細部を詰めていきます」

実際の都市の成り立ちと同じ過程を踏むことで、矛盾のない地図ができあがるそう。リアルに近い反面、空想地図でしか叶えられないことももちろんあります。

「いまある街はすべてが理想通りではないと思うんです。例えば道路を通したくても事情があって叶えられていなかったり。そういった願望も織り交ぜながら空想地図を作っていきます。街も開発のたびに姿を変えるので、空想地図にも決まった完成はありません。作曲したり小説を書いたりするのと同じ感覚ですね」

店内に飾られている空想地図は、架空の都市「静浜市」を地図に起こしたもの。空想地図をみながら、「もっとこうすればよかった。ここの川の流れはおかしいかもしれない」など、あーだこーだと考えるのも、ひとつの楽しみなんだとか。

田中さんが3ヶ月かけて作り上げた架空の都市「静浜市」の空想地図。人口100万人を想定。製図用のペンで細部まで丁寧に書き込まれているので、ぜひお店でじっくり拝見してください!

七不思議⑤
店内を埋め尽くす本は、どこからやってきた?

場所を作ったことで、田中さんのもとには人と情報が集まるようになりました。店内を埋め尽くす本も、そのひとつです。

「もともと本を買い集めちゃう癖があって、家の本棚が埋まっていたんです。いつか役立てたいと思っていて、カフェに持ってきました。ほかにも地図関連の本を出版している帝国書院や昭文社の編集者さんが本を献本してくださったり、ご近所の方が古い地図を譲ってくださり、自然と本が集まってきました」

さらにお客さんが増える中で、旅行の地図も需要があると気づき、『るるぶ』などの旅行本も増やしていったんだとか。人の往来とともに育っていく本棚なのです。

60代以上の方に評判がいいのが、世田谷区の昔の写真が掲載されている『世田谷区古地図散歩』。田中さんに要望を伝えると、おすすめの本をセレクトしてくれますよ。

七不思議⑥
不思議なフードの正体とは?

気になるのは本だけではありません。カフェで提供される食事には、不思議な名前が付けられています。なかでもひと際目立つのがカレーライス。

空想都市「静浜市」B級グルメ 静浜カレー

店内にある空想地図の都市「静浜市」に存在しているであろうB級グルメを再現したんだそう。数種類のスパイスがブレンドされ、本格的な辛さを味わえます。

「こじつけではあるんですけど(笑)。静浜市の土地柄を考えたローカルフードとして作りました」

ファミレスでの経験を生かしてレシピは田中さんが考案。それをもとに奥さまのかよ子さんが調理されています。そして某有名映画のタイトルをもじったデザートも人気商品だそうです。

エアーズロック風プリン~世界の中心で地図が好きだ!と叫ぶ~ Ayers Rock style pudding

オーストラリアにある、世界で2番目に大きい一枚岩のエアーズロックをイメージした固めのプリンです。バニラアイスと生クリームをたっぷり乗せ、源氏パイで愛を表現。昔ながらのレトロなプリンにひと工夫が光ります。

クスッと笑ってしまうようなメニューも、地理系ブックカフェ 空想地図ならではです。

七不思議⑦
地図の魅力はどこにある!?

最後に地図の魅力について田中さんに聞いてみました。

「事象そのものが地図には表されています。それを俯瞰してみれるところに魅力があると思います」

しかし、いまや地図といえば紙ではなくGoogleマップなどの地図アプリが主流です。目的地までスムーズに案内してくれるアプリは生活に欠かせませんが、紙の地図に触れる機会がなくなったと田中さんは嘆きます。

「やっぱりGoogleマップだと自分の周りのことしか把握できません。全体の地図を把握した上で自分の現在地を知ることができると、俯瞰の目を持つことができていいのですが。例えばここから三軒茶屋までをGoogleマップで検索すると、246号線を通る最短距離のルートが表示されます。でも、他にもいろんな道があるんです。辞書の場合も、紙だと自分の知りたい単語の周りにある単語も自然と目に入るので、知識の幅が広がりますよね」

ネットは生活を便利にしてくれる反面、自分の求めている情報しか手に入りません。自分の興味の範囲外の情報も満遍なく載っている新聞や辞書、さらに紙の地図は自分の世界を広げてくれるのです。田中さんは地図きっかけで出会った人たちを通して、世界を広げていきました。

「僕は本当にただの地図好きだったんで、世界を知らなかったんです。測量士の人たちがいるとか、本を出す出版社と作家の間に編集者がいるとか、ふんわりとしか知らなかった世界を改めて知ることができました。今度はうちが学生たちにとって、新しく世界を知るきっかけになると嬉しいですね」

少し世界を広げてみたい方、ぜひ「地理系ブックカフェ 空想地図」をお尋ねください。まだ知らない世界へと、地図が案内してくれますよ。

地理系ブックカフェ空想地図
https://chirikeibookcafe-kuusouchizu.owst.jp

住所: 東京都世田谷区駒沢2-5-14 Kハウス駒沢B1F
電話番号:03-6450-7085
営業時間:火~土 12:00~21:00 (料理L.O. 20:30 ドリンクL.O. 20:30)
     日、祝日 11:00~20:00 (料理L.O. 19:30 ドリンクL.O. 19:30)
定休日:月
※月曜日が祝日の場合は火曜日休み。月火連休あり(不定週)

photographer :Wakana Baba
text:Lee Senmi

KOMAZAWA
COMOREVI
PROJECT_.
駒沢こもれびプロジェクト