インタビュー / 暮らし

〈シリーズ・待てよ!? 1回目〉そもそも、しあわせってなぁに? 後編

優しい笑顔で人を包み込む臨床心理士の宮本典子さん。インタビュー中もスタッフ一同お話しをしているだけで心癒がされました。

お話しを聞いた人・宮本典子さん

臨床心理士、公認心理師。日本瞑想協会認定suwaru瞑想コーチ

高齢者の心理を専門分野とし、スクールカウンセラーや企業のカウンセリングを行っている。カウンセリングをもっとカジュアルに利用してほしいという思いから、さまざまな場所で幅広い世代に心理臨床を試みている。駒沢生まれの駒沢育ち、駒沢在住。
共著に「いちばん未来のアイデアブック」(木楽舎)、「認知症の緩和ケア」(南山堂)、「認知症と診断されたあなたへ」(医学書院)がある。

 

〈シリーズ・待てよ⁉︎ 1回目 後編〉

「待てよ!?」のコーナーは、日々の暮らしの中で当たり前と思っていることを、立ち止まって考えることをテーマにしています。第一回目は「しあわせ」。
後編では、自分らしく生きることと、しあわせの関係を臨床心理士の宮本典子さん(駒沢在住)に聞いてみました。

宮本さんが何度も繰り返して読む愛読書。

自分を知ることがしあわせの第一歩。

「しあわせってなんですか?」と聞くと100人100通りの言葉が返ってくるので、私はこの問いの正解はないと思っています。

ひとつだけ言えるのは、私たちは皆それを知りたがっているということ。

私が考えるしあわせの中の一つは、本当の自分を知り、自分らしく生きること。自分を理解するとやりたいこと、やるべきことの方向が見え、迷いや悩みが少なくなるからです。

鎧をつけた金髪男子との出会い。

ある中学校が行なっている、高齢者施設でのボランティア活動に参加したときのこと。髪を金色に染めアクセサリーをジャラジャラつけた、中学校いちのワルと呼ばれている3年生の男子生徒に出会いました。

午前中は、施設の掃除や車椅子などのメンテナンス。でも、その金髪男子は、あっちにフラフラこっちにフラフラ、ちっとも作業に参加しません。見かねて注意しても意に介さず、私のあとについて人懐っこくいろいろ話しかけてきます。

「先生、子供いる?」と脈絡のない質問に「いるよ」と答えると、

「男?女?」、「男の子」。

「タバコ吸っているかな?」、

「吸っているかもねぇ」。

昼食のときも自分の席には行かず私の横に座り、ご飯を食べながら「高校に行きたくないんだよね」とボソリ。

彼はオートバイの修理工になりたくて、自分で工場長と話しをつけ、中学卒業後に就職することを決めていました。ところが、父親に話したら3発殴られ、行きたくない高校へ入学することになってしまったと言います。

「とりあえず高校へは行くけれど、途中で辞めようと思っている」と淡々と本音を話してくれました。

自分らしく生きた人が持つ言葉の力。

さて、どう返答すべきか、と迷っていたとき「おい!」と、いきなり目の前に座っていたおじいさんの大きな声が飛んできました。思わず、びっくりして「はい!」と答える金髪男子。

「親や学校の先生は今、勉強をしておかないと一生後悔するって、言うだろう」。大きく頷く彼を見据えて「後悔なんかしねぇよ」と、きっぱり。

そんなこと、今この子に言っていいの⁉︎とハラハラしていた私を横目に、念押すように「後悔なんかしねぇから、大丈夫だよ」と続けます。

その言葉には自分らしく人生を生き抜いた人の力強さがありました。自分に嘘をつかずに真摯に生きてきた老人の言葉は、金髪男子が抱えていた将来への不安やプレッシャーを一気に溶きほぐしたかのように見えました。今まで着ていた重い鎧が取れた金髪男子は、午前中とはまるで別人。午後は積極的におじいさんやおばあさんたちのところへ行き、多くの人の話しに耳を傾けていました。

授業の最後に私のところへ戻ってくると「あのおじいさん、シベリアってところへ行っていたらしいんだけど、シベリアってどこか分かる?」と。

彼の変化に気づいた担任の先生も「一体何があったのですか?」と目をパチクリ。

終わりの挨拶の会で入居者のおばあさんが「来年、あなたたちは卒業だから、もう会えなくて淋しいわ」と話すと、金髪男子が突然手をあげ「はい!マイクちょっといいですか?僕、これからアルバイトをして、ここにいるばぁちゃんたち全員にビキニを買って、来年また届けにきます!」その発言に、もう、みんなが大爆笑。

しあわせのヒントは人生の達人から学ぶ。

人生経験を長く積んだ高齢者と出会い、多くの学びを得られたことは、私の宝だと感じています。

金髪男子も高齢者施設で人生の大先輩たちの体験をくぐり抜けた真実の言葉に、これから先を生きていく力を得ることができたのではないかと思います。その人らしさに溢れた本当の言葉、本物の言葉には人を変容させる力があります。

一生自分らしく生きる

私が高齢者の心理臨床の仕事で心がけていることは、その人が本来のその人らしく生きられるようにサポートすること。認知症になってもその人らしさが消えるわけではありません。たとえそれが意地悪な発言であったとしても、その人らしい発言を聞けると私は嬉しくなります(笑)。

若い頃は頭の回転が早く、歯に衣着せぬ物言いで周囲を怖がらせていた男勝りのAさん。病気のせいで、最近は物静か。そんな彼女が「なぁに、あなた、面白くもないのにニコニコしちゃって」と、私に対してときどきピリッと効かせた皮肉を言います。

「あ、彼女らしいな」と思うと、たとえ辛辣な物言いでも思わず笑みがこぼれます。

その人らしさに溢れた本当の言葉、本物の言葉は人の心にまっすぐ届き、深いコミュニケーションができたと感じるからなのだと思います。

自分らしく生きる3つのコツ

1・人と比べない。

2・自分の気持ちに嘘をつかない。

3・自分の「好き」や「感動」を大切にする。

お箸置きも海岸で散歩中に出会った石や珊瑚など、宮本さんらしさが溢れる引き出し。



 

Q.親は子どもをいい子へ、と矯正しがち。これって「らしさ」を認めていない?

A.心理学者の河合隼雄氏は、大人が子供から悪を遠ざけようとするあまりに、結果大きな悪を引き寄せてしまうことがある。理屈抜きで許されない悪もあることに言及した上で、自己実現の始まりは、悪のかたちをとって現れることを知ってほしい、と言っています。(子どもと悪 岩波書店 河合隼雄 参考)

親に秘密を持つことも、大人になるための大切な一歩。心配を理由に子どもを管理しすぎ成長過程を阻害したり、その子らしさを奪う権利はない、ということを知っておきたいものです。

Q.ただ今、3歳児の子育て真っ最中。必死すぎて自分もしあわせも見失っています💦

A.育児のいちばん大変な時期ですね。でも、自分以外の人のことを没頭して考えられるのは、究極のしあわせかもしれません。

ついつい人は自分ファースト、なかなかエゴを無くせない。でも、子育て中は、眠るのも食べるのも、すべてが子どもファースト。子どもの命を生かすことがすべて。自分を見失うほど自分以外の人のために時間を使う体験ができるのは、子育て以外にもあるとは思いますが、稀有な体験であるとは思います。自分が無我に近い境地になって、無償の愛を一心に注ぐ。自分を「失くす」のではなく「無くす」しあわせに気づけると良いですね。

子育てはママがハッピーなのがいちばん、頑張り過ぎずにマイペースで。子供が小さい時期の限られた時間を楽しんでください。

自分が子供の頃好きだった本を、今はお孫さんに読み聞かせているそう。

photographer Ikuko Soda
text Keiko Takahashi

KOMAZAWA
COMOREVI
PROJECT_.
駒沢こもれびプロジェクト