駒沢のイノベーター

駒沢の犬と人の幸せを叶えるまちづくりを続ける「One for Wan」の齊郷さん。犬を通して人と人との関係性を育てて10年ーー「駒沢お散歩教習所」

犬と人の幸せを形にする「One for Wan」という活動をご存知でしょうか? 駒沢は犬同伴OKのお店も多く、駒沢公園は犬の聖地として愛されていますが、みんなが犬好きとは限りません。犬がまちの一員として受け入れられ、人と幸せに暮らせるようにと「駒沢お散歩教習所」をはじめ、コツコツと地道に歩んでいるのが齊郷恵さんです。10年以上も犬と人の関係に向き合っている齊郷さんに、これまでの活動、そしてより良いまちをつくるためにできることを伺いました。

お話しを聞いた人・齊郷恵さん

「一般社団法人One for Wan」「駒沢ドッグストリートプロジェクト」代表/世田谷被災動物ボランティア/愛玩動物飼養管理士1級

広島県生まれ。東京都公立中学校勤務の後、早期退職。2012年よりセカンドステージとして自分を人・まちにつないでくれた“犬”をきっかけに社会とつながりたいと模索。RSSC(立教セカンドステージ大学)入校。動物愛護団体の立ち上げにも関わる。

せたがやソーシャルビジネスセミナー参加後、仲間と共に「駒沢ドッグストリートプロジェクト」を始める。「せたがやソーシャルビジネスアワード」参加。2013年より「駒沢公園お散歩教習所」「こまいぬクラブ」発足。活動が広がり2021年「一般社団法人One for Wan」設立。現在に至る。

駒沢のイノベーター=それぞれが持つ小さな理想、夢、希望、願いを出発点に自分の旗を掲げ、駒沢の人や地域に働きかけながら活動を続ける人々や団体。駒沢の地を耕し、共に課題の解決に向かって歩み続ける。

本当にやりたいことを選ぼうと思ったきっかけ

ーーまずは「One for Wan」の活動について教えてください。

齊郷 いま設立4年目なんですけど、はじまりは2013年に設立した「駒沢ドッグストリートプロジェクト」でした。世田谷区の新しいビジネスのコンテストを支援する「世田谷ソーシャルビジネス」という取り組みがあって、そこのセミナーの先生が駒沢に事務所を持っていたんです。いろんな方が相談にきて面白いことを一緒にやっていたので、そこで「犬を愛する人のまち作り」というコンセプトで始めようと立ち上げました。

ーー具体的にはどんなことをしていたんですか?

齊郷 まずは駒沢にあるお店の犬の対応について調べてまわりました。犬との同伴がOKなのか、条件はあるのか。駒澤大学の学生さんにもフィールドワークの一環として手伝ってもらっていました。並行して、One for Wanの活動のベースになる「こまいぬクラブ」の「駒沢公園お散歩教習所」を2013年から始めて、10年以上ほぼ毎月開催しています。

活動初期の頃の写真。駒沢を拠点とした「こまいぬクラブ」、鎌倉を拠点とした「かないぬクラブ」では、犬のマナーを練習する「お散歩教習所」、愛犬と一緒にステップアップを目指す「Step Up 平日講座」、犬と一緒に自然にかえる「Nature School with Dog」などの活動をおこなっています。

ーー「ソーシャルビジネスセミナー」に参加してみようと思ったのには何か理由が?

齊郷 53歳のときに乳がんが見つかったんですよ。なんか調子が悪いなと思って病院に行って精密検査をしたところ、ステージ0だったんです。当時は都内の公立中学校で国語の先生をしていて、結構ハードに働いていました。幸いにも早期発見。人生で初めて「なんてラッキーなんだろう」と純粋に感謝の気持ちがわきおこりました。駒沢の近くに引っ越して2年くらい犬を飼っていて、犬から幸せをたくさんもらっていたので、人生をふりかえって「自分の好きなことをやってみよう」「やっぱり犬のことをしたい」と。仕事も辞めて人生の棚卸しをし、社会に対して、自分が「あったらいいな」と思うものを形にしていくことにしました。

ベルリンの“犬の学校”を日本でも

ーー「犬に関することを」と思ったきっかけは何だったのでしょうか?

齊郷 犬を飼うまでは、1日のうちに仕事の時間しかなかったんですけど、朝の5時に起きて犬を散歩させていると友達ができたり、休日はせっかくだから多摩川まで犬と歩いていったりしていると、世界が広がりました。ベンチに座っていても隣りの人と会話が始まって、犬の力ってすごいなと思いました。

齊郷さんと愛犬のイヴ。

ーーほんとうですね。

齊郷 ちょうどそのころNHKのBSで『地球でイチバン ペットが幸せな街〜ドイツ・ベルリン』という番組を見て。ベルリンは公園にたくさんの犬の学校があって、犬を飼い始めたら通うのが一般的なんです。犬がノーリードで電車に乗り込んでも、みんな普通に受け入れているのは犬の学校があるからなんですね。

これが日本にもあったらいいなと思って、お散歩教習所を手探りで始めました。車の免許を取るように、教習所内で練習してから路上に出るイメージでできたらと、このネーミングをつけました。「しつけ教室」だと、人と犬の主従関係がはっきりしている厳しいイメージを持ってしまうので、だれでも参加できて、お互いにちゃんと話せたり相談できる場所にしようと思いました。

ーー活動拠点はどこだったんですか?

齊郷 駒沢公園を中心にカフェなどです。10年くらい続いているので、メンバーは入れ替わり立ち替わりで、しばらく参加していない方もいれば、先代の犬が亡くなって新しい犬と参加する人もいます。新しい方もいつでもウェルカムです。

ーー専門のトレーナーさんがいらっしゃるんですか?

齊郷 お散歩教習所のパートナーとして、独立しているドッグトレーナーさんにお願いしています。自分でできることは限られてますし、やっぱり犬の扱いは理論だけでうまくいくものでもないので、信頼できるトレーナーさんと連携しています。わたしは運営を担当していて、資格は動物の飼育相談を受けられる愛玩動物飼養管理士の1級を持っているくらいです。

ーーお散歩教習所の形はどうやって作ってこられたんですか?

齊郷 ずっと一緒に活動しているドックトレーナーさんは、ソーシャルビジネスのセミナーで出会った人に紹介してもらったんですが、わたしの考えに共感してくれて。教習所の形も、最初はお試し会として駒沢公園の落ち葉がいっぱいあるところに行ってみたり、ベンチに座るレッスンをしてみたりと、試行錯誤しながらいまのスタイルになっていきましたね。

飾らないお人柄の齊郷さんから、犬に対する愛をひしひしと感じました。

新聞2000部を刷ってポスティング

ーー参加者にはどうお声がけをしていったんでしょうか?

齊郷 最初は通りすがりの犬を連れている人に声をかけまくっていました。そのあと、世田谷区の「地域の絆」というソーシャルビジネスに申請をして、いただいた予算で新聞を出したんです。

活動のことを伝えるための新聞「駒沢ドッグストリート」。およそ月に1回発行していたそう。

ーー自分たちで新聞を作って配布していたんですね。

齊郷 プリンターで2000部印刷して、ポスティングで配り回っていたんです。学生さんにも手伝ってもらって、2013年から2年間やりました。

ーー2000部も!駒沢で活動するドッグトレーナーの袴田さんも掲載されていますね。

齊郷 袴田さんにはいろんな相談に乗ってもらいました。「こまいぬクラブ」を作ったときも、最初の会で袴田さんが教室を開催してくださったんですよ。

ドッグトレーナーの袴田恭司さん。犬育ての相談やトレーニングなどを行う、ドッグライフコンサルティングショップ「ブラックストリームケンネル」のオーナーでもあります。こもれびマガジンでも犬のしつけについて教えていただきました。

ーー必要なところで人に協力してもらいながら、自分の道を進んでいくパワーがすごいですね。

齊郷 犬のおかげで自分の世界が広がったから、きっとみんなも同じはずという根拠のない思い込みがあるんです(笑)。とにかく、やれることはやってみようと。ポスティングも大変なんですけど、続けるうちにちょっと面白くなってきて。まちのお店のフィールドワークでも、200件くらいまわると警戒されて追い返されることもあるんですけど、すごく応援してくださるところもあったり。

ーー新聞はそれぞれの方が手弁当で作っていたんですか?

齊郷 そうですね。でもそれだとやっぱり続かないので、ちゃんと謝礼をお支払いできるように社団法人にしました。コミュニティをもう少し成長させたいのもあって。

ーーというと?

齊郷 がっつり結びついたコミュニティじゃなくて、風通しが良く相談できるシステムを作りたいと思っています。例えば犬を飼っている一人暮らしの人が倒れちゃった場合に、助けを求める先として、コミュニティで犬を任せられたり、サポートする人が出てくるような環境ですね。メンバーにペットの飼養を引き継いでいくサポート、高齢者とペットの問題に取り組んでいる方もいるので、そういう人と一緒に飼い主に何かあった場合の支援の形を明確化して、助け合えるような環境を作りたいです。

あとは「こんなことがあったらいいな」と思うことを話しあえる「妄想クラブ」も行っています。そこでも交流ができたり、助け合いができたり、気軽に寄れるところがあるといいねという意見が出てくるので、そこから発展させていこうと思っています。

ーーそんなコミュニティにするために、どういうふうな心がけでやられていますか?

齊郷 One for Wanが緩やかな輪になって縁が重なっていくイメージでやっています。幸いにも参加してくださる方が、みんないい人たちなんです。このコミュニティをただサービスとして受け取るのではなくて、一緒に作っていくんだということを最初に話しています。みなさん大体わかってくださっているので、必要だと思えばそれぞれが動いてくれます。

いま会員が200人くらいなんですけど、みんながちょうどよく繋がっている感じになっています。困ったときにわたしが持ってる他のネットワークや専門家を紹介できたり、会員さんの持つ他のネットワークから教えてもらったりと、情報も回っていけばいいなと思ってます。

“マナー”は人と犬が幸せに暮らすためにある

ーー齊郷さんが犬と暮らすうえで、大切にしたいことはなんですか?

齊郷 やっぱり犬って動物なんです。人も動物ですけど、完全に種が違うんです。でも犬は人と暮らすことを選んだ動物なので、気持ちが通じます。人は犬からそういう幸せをもらっているので、犬の幸せは全部人が持つことが大切です。あと、もともと捨て犬はいないはずなので、すべての犬に家族があってほしいと思います。そこまでいきたいんですが、いまは取り立てて保護活動をしてるわけじゃないので、犬と一緒にいる人が犬を愛する気持ちを持って、幸せを広げていけるようにしていきたいですね。

ーーその想いをベースに、お散歩教習所で必要なことを伝えていくんですね。

齊郷 そうですね。犬は犬、人は人なので、犬は家族だからと「人」と同じように見ると間違えてしまいます。犬は生き物としてどういう幸せを感じるのかを考えることが大切です。「犬と遊ぶ・犬を知る+マナー」というモットーにも書いてあるように、しつけるのではなく犬と遊んでほしいんです。飼い主さんと遊んでいたら、噛み付いたりもしないし、双方の関係は絶対にいいはずです。犬も一日中、外で遊んで好きなようにしていたいかもしれないんだけど、飼い主さんと一緒にいる方が嬉しいから、折り合って合わせてくれてるんだと思うんです。トイレは決まった場所でするとか、お店では静かにするとか。

駒沢公園お散歩教習所の様子。

ーーなるほど。

齊郷 もともと世田谷に住んでいて、いまは伊豆にいらっしゃる水中写真家の吉野雄輔さんが、ラジオでしていた話がすごく良くて。海の底で魚の写真を撮っている方なんですけど、海の底の生き物はみんな自分のことしか考えていない、と。でも、どんな生き物も折り合いをつけてるんだと言ってました。結局それなんだよね。犬も飼い主さんと一緒にいたいから、いろんなことに折り合いをつけているんです。それよりももっと嬉しい幸せがあるから。

ーーお散歩教習所ではどういうことを教えているんですか?

齊郷 犬を知って、犬と遊んで、生活の中に犬と人の双方の幸せな時間を作ることを、お散歩教習所ではずっと教えています。なので、参加者で「うちの犬が吠えるんですよ」と悩んでいる方がいれば、「まずは飼い主さんが楽しんでくださいね」と伝えることを徹底しています。緊張せずにお散歩教習所でのびのびしてみると、普段とは違う犬の姿が見られるんですよ。新たな発見があって犬のことをもっと知れるし、もっと好きになれます。集まったときにずっと吠え続けていた犬が、参加するうちにだんだん吠えなくなると、飼い主さんの顔も変わっていきます。みんなでカフェにいけたり、海や山に遠出できたりして、本当に楽しくてしょうがないというふうな感じです。

お散歩教習所のトレーニングシート。「アイコンタクト」や「脚側行進」など、初級から上級まで細かくハードルが設定されています。

犬のマナーも犬を社会に受け入れてもらうためです。すると犬と一緒に飼い主さんも世界を広げられるんです。マナーと言っても、「〜〜ねばならない」じゃなくて、ちょっとした想像力を持つことです。例えば犬と一緒にお店に入れると嬉しいけど、その場所には犬が苦手な人もいるかもしれないので気を使うとか。あとは犬を受け入れてくださる場所やお店はすごく大切なので、使ったあとも綺麗にすることを心がけたりですね。

鎌倉を拠点とした「かないぬクラブ」では、海沿いを散歩したりしています。

犬も、まちの一員として

ーーwebにも「犬をきっかけに誰もが楽しめるまちをつくることを目指す」といった内容が書かれていますが、まちをつくるとは齊郷さんにとってはどういうことでしょうか?

齊郷 まちに関わるきっかけには、いろんなものがあると思うんですね。駒沢ならスポーツもありますが、わたしの場合は犬をきっかけにまちに入ってきて駒沢が大好きになりました。だから飼い主も犬もまちの一員として関わるために何ができるかを考えたんです。

まちには子どものときに犬に噛まれた経験から、犬が怖かったり嫌いだったりする人もいます。「うちの子はこんなに可愛いのに」ではなく、そういう人もいるんだということを受け入れることができたら、他のものに対しても受け入れることができると思います。例えば保育所の騒音問題に関しても、みんなまちの一員だという意識になれば、変わってくると思います。

ーーまちに住む人たちが、私もまちの一員だという意識はどこから生まれてくるのでしょうか?

齊郷 駒沢に移り住んでくる人も、はじめは犬と一緒に入れるお店があるとか、公園があるとか、もちろん出発はそこだと思います。それでいいと思います。フィールドワークをしていたときに、もともと犬がOKだったけどお断りすることにしたという残念なお話も聞きました。犬仲間の口コミで、あそこの店は厳しくなったという話を聞くと、何か解決策は他になかったのかな、悲しいよねと話すことがよくあります。地域の人たちとの関係性を作っていくことが、自分たちにとっても幸せなはずなので、そこを大切にしたいですね。

ーーこれからも活動のベースは駒沢でしょうか?

齊郷 原点はやっぱり駒沢ですね。教員のころは仕事がずっとハードで、住環境も犬を飼えないところだったので、世田谷区に移って犬を飼えたときに本当に世界が変わったんです。駒沢は自然も大切にしているので大きな公園もあるし、ふるさとのような大好きな場所です。

ーー住む場所で、日々の景色が変わりますね。次はどんなことを計画されていますか?

齊郷 しぜんに集えて交流できるコミュニティの場所を持ちたいです。何かあったときはここに連絡するとか、助けるサポートができるとか。わたしじゃなくても、違う人がこういうコンセプトでやってくれて、繋がっていけばいいですね。いまある組織を永遠に続けるというよりも、One for Wanの考え方が違うところでまた生まれてもいいなと思います。

ーーありがとうございました。今後の活動も楽しみにしています。

One for Wan主催のイベントを開催します

2025年1月23日(木)に駒沢こもれびスタジオで、One for Wan主催のイベントを開催します。災害時の「いざ」というときに対応するためには、日常の犬のしつけが大切です。犬の目線から考える非常事態のためのしつけ、犬を知る・犬のストレスサインを見逃さない愛犬の心と身体を守るしつけについて学びます。犬を飼っている飼い主さんは、ぜひご参加ください!

ペット防災 愛犬を守る飼い主さん講座

日時:1月23日(木)10:30〜12:30
会場:駒沢こもれびスタジオ(世田谷区上馬3-17-7 2F)
定員:30名(飼い主さんのみ)

 text Lee senmi

KOMAZAWA
COMOREVI
PROJECT_.
駒沢こもれびプロジェクト